| 「飛び越えから学ぶ」 自分を支え続けてきた「未来デザイン」という懐刀。コーディネーター養成講座で培った技法に敬意を表し困難を乗り越えてきた人生を今振り返る。 江川 功 2007.07.10学校だより第4号より |
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静かな初夏の庭に心地良い涼風が吹き渡り、木立を微かにふるわせている。十年前と何も変わらない、生まれ育った家の自己ベストの原風景と、久々に向き合い対話をしてみた。 判断を誤ったら、もしかしたら他人の手に渡り全く別の空間として違う年月を過ごしていたかもしれないこの庭。何も語らないこの庭を守り、残すために、数えきれない犠牲を払い、人が体験しうるありとあらゆる感情を体験してきたような気がする。 十年前、家業の酒屋が存続の危機に瀕した時、ピンチを救うきっかけになったのは、県が主催するまちづくりコーディネーター養成講座への参加だったことは今さら言うまでもないことであるが、今改めてその力の大きさに敬意を表し、人の人生までも大きく左右するスグレモノだということを思い知らされているのである。 信じる者は救われるというが、入口で抱いていた答と、出口で突きつけられた答は全く逆のものであった。しかし、苦しみの中から自らつかんだ方向性を信じて疑わずにつき進んだ。それも、それまで体験したことのない「飛び越え」という方法で、着地点も予測できないままとにかく飛んでしまったのだ。 目の前に道はなかった。途中で失敗すればまちがいなく闇の世界に葬られる。 それなりの覚悟でのぞんだが、毎日予想を超えて起きてくるトラブルの連鎖を前にして不安と恐怖でたじろいだ。切羽つまった状況が続き、しばらく悪夢の年月を過ごした。 これが神というものなのか、人知では説明がつかないが本当なのだ。死んだ方が楽だと思うのだが何故か生かされてきた。まだやることが残っているということなのだろうか。 くだんの養成講座で、未来デザインを描いていく中では理念設定が一番大切だと教わり、答がいつまでたっても出てこなくてとうとう落ちこぼれてしまった。やっとの思いで出てきた答が、「自然庭園を癒しの空間として活用し、都市と農村との交流の場として発信していく」ことだった。従って家業の酒屋にこだわる必要がなくなったのだ。つまり、ここで関係性の見直しによって新たな事業領域が生まれてくるということを学んだのだ。 そこを出発点として、「柿の実倶楽部」という会員制のクラブを作り、その価値を認める人にのみ限定開放した。毎年約百人の会員に恵まれ、今もおつきあいが続いている方もたくさんいる。自らの仕事を「出会い業」だと考えるようになったのもこの経験からである。その後、つる細工工房、農家民宿へと展開し、地味ではあるが、趣味性が高く廃れにくい農村立地での事業への転換を図ることができた。十年かかってやっと着地点に辿りついたというところである。この空中飛行の間に、実に多くのことを学ばせて頂いた。未来デザインを描き、計画に基づいてそれを実現していくというプロセスは実に人生の示唆に富んでいる。放っておいても時間は過ぎていくが形になりにくい。 昨年、家業の見直しがある程度ついた所で次なる十年の未来デザインを試みた。 子供は成長し、親は老いる。その間で夫婦は最大の危機を迎える。ここを乗り切れるかどうかが最大のポイントになる。子供の進路をめぐって暗雲が立ちこめていたが、思い切ってここも「飛び越え」をした。あるきっかけから隣の市への引越しを決断し、ほぼ同じ時期に私自身も仕事を変え、コンビニの店長を始めた。慣れない仕事と毎日夜勤という長時間拘束のハードさに体がついていけず、またもや四苦八苦の日々を送っている。 しかし、やらされているわけではなく、自分で選んでやっているのであるから文句は言えない。立ち上がりはいつも苦しい。しかし家族のメンバーそれぞれが新しい環境に身を投じてもがき苦しんでいる。今回は集団飛び越えのため少しは気が楽かと思ったがそうでもない。全ての結果責任がついて回るのでその分重い。何か悪いことがあると、みんなあなたの責任だからね、ということになる。 家族経営という局面を迎えて、安定飛行していくには未来デザインなしには考えられないが、この考え方は馴染みのない家族にはなかなか理解してもらえず、養成講座に参加してほしいと思うことしきりである。 それでもありがたいことに、経験則から判断して先の見通しが少しつくようになってきた。まだまだ予測できないことばかりで、これでいいということはありえないが、少なくとも懐の中に「未来デザイン」という懐刀を忍ばせているということは心強い。いざという時は、これを抜いて飛び越える覚悟ができているのだから。 それでもわからないのは、十年後、私は一体誰とどこにいるのだろうか。そして毎日何をしているのだろうか?ということである。一人暮らし老人になって、それでも「やっぱり一人はいいなあ」とかほざいてギターでも弾いているのだろうか。 その頃、日本の社会はこういう老人にとってやさしいのだろうか? 庭は無言でにっこり微笑みかけているように思えた。
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